東京地方裁判所 昭和41年(タ)32号 判決 1967年9月01日
原告 甲
右訴訟代理人弁護士 大村武雄
被告 乙
主文
原告と被告を離婚する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求原因として、
一、原告は日本の国籍を有する者、被告はフィリピン共和国の国籍を有する者であるところ、原告は昭和三四年八月四日当時観光客として来日していた被告と婚姻し、同日東京都千代田区長に対しその届出を了した。原告は当時一九才で外国にあこがれを抱いていたため、被告から被告の負担において婚姻後直ちにフィリピンに同道する旨いわれていたので、渡航手続の必要上急いで婚姻届をすましたものであるが、結局被告は原告と同棲することなく同年八月九日頃単身離日した。
二、しかしながら、被告はフィリピン帰国後、右渡航の費用は勿論、生活費なども全く送金せず、原告の負担においてフィリピンに来るよう要請してきた。しかし、原告は婚姻当初の約束と異なることおよび被告の生活環境などが不明であることなどから将来に不安を感じてこれに応じなかった。なお、原告は昭和三五年二月頃来日した被告と再会したが、被告に誠意ある生活態度が認められないので、被告とフィリピンに行くことを拒絶した。
三、結局、原告は婚姻後被告と実質的な夫婦関係をもたず、また同人から生活費などを受けることもなく、右二月以降は音信も途絶えて現在に至った。
四、本件離婚の準拠法は夫たる被告の本国法すなわちフィリピン共和国の法律によるところ、同国の法律は離婚の規定をおかない。しかしながら、これがため原告の本件請求を許さないとするのは法例第三〇条にいう公序良俗に反して外国法を適用する場合にあたるというべきで、結局本件には民法を適用すべきところ、右被告の行為は同法第七七〇条第一項第二号および第五号に該当する。よって、本訴に及ぶ。
と述べ(た。)≪証拠省略≫
被告は公示送達による呼出を受けたが、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面を提出しない(わが国とフィリピン共和国間には訴訟書類の送達につき、司法共助に関する取り決めがないので右手続によったものである)。
理由
≪証拠省略≫を総合すると、原告の請求原因第一項ないし第三項記載の各事実、昭和三五年二月頃来日した被告に再会した際には、原告は被告との婚姻継続をすでに断念していたところ、被告からも積極的に原告に同棲生活を求めるなどの意思を明らかにしなかったことおよび本訴提起後原告訴訟代理人が被告に対し離婚の意思を問い合せたところ何等回答がない事実を認めることができる。右認定に反する証拠はない。
本件離婚については、夫たる被告の本国法であるフィリピン共和国の法律によるべきところ、同国の法律では裁判上の別居を認めるのみで、離婚を認める規定がなく、また同国の法律には法例第二九条適用の根拠とすべき規定も存在しない。しかしながら、当事者双方がフィリピン共和国の国籍を有する場合に日本の裁判所がフィリピン共和国の法律が裁判上の別居のみを認めるに過ぎないことを理由に離婚を許容しないことは格別、本件におけるごとく日本に国籍を有し、日本に住所をもつ妻からフィリピン共和国に属する夫に対し離婚を求めた場合、双方当事者が同国人である場合と同一の理由によりこれを許さないとするのは、離婚を認める日本の身分関係秩序に反するものと解するのが相当であって本件については法例第三〇条の規定によりフィリピン共和国の法律の適用を排除し、民法によるべきものと謂わなければならない。
しかして、前認定の事実によれば被告の行為は同法第七七〇条第一項第二号の「悪意の遺棄」に、また先に認定した原被告の婚姻の実情は同条同項第五号の「婚姻を継続し難い重大な事由」に該当するものと認められるので、原告の本件離婚請求は理由がある。
よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 平賀健太 裁判官 青山達 東原清彦)